使う力、映画だけはできてた件|放置系投資家の意外な穴

暗い映画館の座席に座る人物と、背後に伸びる資産グラフを対比させたイラスト 投資マインド
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貯める力、増やす力には自信がある。オルカンとS&P500を積立て、高配当株を握って、iDeCoも淡々と続けている。数字が積み上がっていく感覚は、正直得意分野だ。

でも「使う力」は無いと思っていた。値段を見て一喜一憂するくせに、いざ自分が何にお金を使ったかは、ほとんど覚えていない。

そう思っていたら、1つだけ例外があった。映画だけは、値段を気にせず自然に使えている。

先に結論を言う。俺は「使う力」を鍛えた覚えがない。でも映画に関しては、無意識のうちにちゃんと使えていた。それがなぜなのかを自分の数字で確かめたら、「使う力」の正体が見えてきた。


貯める力と使う力は別スキルだという話

モーガン・ハウセルの新刊『アート・オブ・スペンディングマネー』は、「お金をどう増やすか」ではなく「お金をどう使うか」だけを扱った本だ。前作『サイコロジー・オブ・マネー』が貯める・増やす側の心理を解いた本なら、こっちは真逆――使う側の心理を解いた本になる。

出典:ダイヤモンド社「アート・オブ・スペンディングマネー」(著:モーガン・ハウセル/訳:児島修、2025年11月19日発売)(取得日:2026-07-05)

この本を紹介していた両学長の動画で語られていたのが、「新しいことに次々と挑戦する。ただし、素早くやめる勇気を持ちながら」という支出の哲学だ。何に満足を感じるかは人によってまったく違うから、試してみるまで分からない。合わなければ二度と使わなければいいし、合えば使い続ければいい。

正直、この発想自体には頷いた。ただ、動画では「お試し支出の予算は資産の1〜3%を目安に」という具体的な数字も紹介されていたが、これは本の直接の主張として裏取りはできなかった。あくまで動画側の目安として、参考程度に受け取ってほしい。

俺がこの話にピンときたのは、理屈より先に「あ、これ映画で無意識にやってるやつだ」と気づいたからだ。

俺が唯一「使う力」を発揮できている支出は映画だった

今年、劇場で観たのは3本。『ゴールデンカムイ』『スーパーマリオギャラクシー』『マイケル』。ジャンルはバラバラ、実写もアニメ系も伝記モノも節操なく観ている。

チケットは大抵前売りかレイトショーで1,500〜1,600円。グッズはパンフレットを買うことが多く、大体1,000円前後。ドリンクとフードはセットで買うことが多くて、これも1,200円くらい。合わせると1本あたり3,700〜3,800円になる。3本で1万1千円ちょっとだ。

ここで白状すると、俺はこの金額を今回計算して初めて把握した。普段は値段を見ていない。 チケット代がいくらだったか、パンフが1,000円だったか1,200円だったかも、正直あやふやだ。

投資の含み損益は日次で見ているのに、映画の値段は見ていない。この非対称さに気づいたとき、「使う力がない」と思っていた自分の前提が崩れた。

なぜ映画だけはできるのか——資産の1〜3%の話

俺の金融資産は2026年6月末時点で約565万円。仮に1〜3%を「お試し支出」の枠だとすると、年間5万6千円〜17万円くらいのレンジになる。

映画3本の1万1千円は、このレンジの中に軽く収まる。今年はあと数本観る予定もあるが、それを足しても余裕で範囲内だ。

つまり俺は、意識して予算を組んだわけでも、我慢して枠に収めたわけでもない。資産に対して誤差みたいな金額だから、脳が勝手に「気にしなくていい」と判断していたんだと思う。株の含み損益は数十万円単位で動くから毎日チェックするのに、数千円の映画代は動かないから見ない。優先順位のつけ方としては、実は理にかなっている。

ちなみに保有株の中には株主優待で映画館の割引が使えるものもあるが、これはまだ実際に使ったことがない。次に映画に行くときは、この優待も試してみるつもりだ。

自分軸で使う・世間体で使わない

ハウセルの本が繰り返し強調しているのも、「幸福や満足は主観で決まる」という点だ。高い部屋がいい・高い時計がいいという一般論は存在しない。自分がどう感じるかがすべてで、他人の目線を基準にした瞬間、金の使い方は歪む。

映画に関して、俺は誰かに見せるためでも、SNSに投稿するためでもなく観ている。実際、鑑賞後にわざわざ感想を発信したこともない。評価されたくて使っているわけじゃないから、値段も気にならないんだと思う。

逆に言えば、俺が「使えていない」と感じている支出は、大抵どこかで他人の目線が絡んでいる。世間体、見栄、比較。そこに気づけただけでも収穫だった。

今日やること

正直、映画以外のどの支出にこの感覚を広げればいいのか、まだ答えは出ていない。無理に「次はこれに使う」と決めつけるのは、この記事が言っていることと矛盾する気もする。

ただ一つ分かったのは、「使う力がない」と思い込んでいた自分の中に、既にできている部分があったということだ。映画のチケット代を気にせず払えているなら、同じ感覚は他の支出にも転用できるはずだ。

もしキミも「貯める力はあるのに使えない」と思い込んでいるなら、一度だけ自分の趣味の支出を計算してみてほしい。案外、もうできている場所が見つかるかもしれない。

まとめ

貯める力を鍛えるのに何年もかけてきた。使う力は、映画館の暗闇の中で、いつのまにか身についていたのかもしれない。

数字を見ずに払えたのは、我慢したからでも、開き直ったからでもない。資産に対して誤差だと、頭のどこかがもう分かっていたからだ。同じ計算は、他のどの支出にも当てはめられる。俺はまだそれを全部には広げていないだけだ。


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※本記事は俺個人の見解・体験を綴ったものであり、特定の商品・支出方法を推奨するものではありません。金額はすべて自己申告に基づくものです。

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